「うっさい うさちゃん」

  

「うっさい うさちゃん」

 

 

 こどものつむぎの前岡です
 今回は,素敵なエピソードを紹介したいと思います。

 

 

【子どものある一言】
 ある小学生の男の子についてです。彼は「バカ!」「うっさい!」「死ね!」と言うことが多く,自分の考えを相手に伝える姿はあまり見られませんでした。先日,彼の通う学校に行き,授業の様子を見る機会がありました。私が教室に入って挨拶をすると,「キモイジジイ!バカ!」と返事する彼。この日も彼の口から,いつもの口癖が飛び出します。
 

 

 

 授業が始まると,先生と1対1でやり取りをしながら,彼は落ち着いて勉強をしていました。しばらくして,先生から彼に何か指示がありました。いつもなら,指示されたことが嫌で,「うっさい!」と言う状況です。彼は「うっさ・・・」と口を開きました。しかし・・・―その時彼が言ったのは,「うっさ・・・うさちゃん・・・」。
 「ん?うさちゃん!?(笑)」私は彼のセンスの良さに,思わず笑みがこぼれました。うっさいと言いかけたのを,自分でうさちゃんに変えたのです。しかも単なるうさぎではないのです。うさちゃん!ナイス!
ここで,彼の放った「うさちゃん」について考えてみたいと思います。何か私達にじわじわと語りかけてくるものがないでしょうか。私が感じたじわじわは,3つです。
 
【「うっさい」の思い】
 1つ目は,言葉の背景には,思いがあるということです。思いを持って言葉を伝えるということは,私達にとって当たり前のことすぎて,意識すらしていないかもしれません。しかし,今回のエピソードは,その当たり前を再確認させてくれます。彼の「うっさ・・・うさちゃん」という言葉の背景には,指示されたのが嫌だったという思いや,「うっさい」を言うつもりはなかったけれど,口から飛び出してしまったと揺れる思いがあると想像できます。もし「うっさい」をそのまま文字通りに受け取ったら,「うっさいって言ったらダメでしょ!」「どこがうるさいの!?」と言いたくなります(私がそうなりやすいです…)。そうした気持ちを持ちつつも,別の視点で見た時に,「うっさい」自体から距離を置いて,「うっさい」が表す彼の思いに気づけるようになりたいです。

 

 

 

 

発達は自ら動く】
 2つ目は,言葉を自分で使いこなそうすることで,発達が動いていくということです。言葉の使い方が間違っている時には,ソーシャルスキルトレーニング(SST)などで,正しい言い方を学ぶことは,1つの有効な手段です。今回のエピソードでは,「うっさい!」ではない形の思いの伝え方を教えるということになります。
 ただそれだけでなく,手持ちの言葉でなんとか相手に伝えようとすることも必要な手段です。発達心理学の領域では,発達は「自己運動」と呼ばれ,周りの人が発達させることはできないと言われます。「(「うっさい!」じゃなくて,)うっさ・・・うさちゃん・・・」と言葉を変えた彼は,試行錯誤しながら言葉をひねり,紡ぎ出しています。正しい言葉でなくても,自分の言葉で考えて悩んだ末に,うりゃ!と伝えようとすることが,発達を動かします。そのために私達ができることは,子どもに「この人には伝えたい!」と思わせるような関係を築いていくことだろうと思います。そういった意味で私は,まだまだ関係を築けていないのかもしれませんね。

 

 

 

【やっぱりうさちゃんがいい!】
 3つ目は,個性が引き立つということです。うっさ・・・に続く言葉で,うさちゃん以上に切れ味のある言葉を私は思いつきません。「うさちゃん」という言葉によって,うさちゃんをチョイスした彼の個性が際立ってきます。結果的に,学年や障害名,テストの偏差値などの社会的なラベルがそぎ落とされ,彼らしい姿が見えてきます。
 

 

 

 私が教室を出ていく時,彼から「ジジイ,バイバイ!」と言われました。「バイバイ!」と返し,まんざらでもない気持ちでジジイは帰りました。