「ひらがなの学び」の根はどこに?

  

僕が療育の中で考えたこと、特に日本語の味わうことの大切さについて。

 

 

 

 

こどものつむぎ心理士前岡です。

 療育について,悩まない日はないほど,試行錯誤を繰り返しています。
 最近は,「ひらがなの学び」について考えています。ひらがなの勉強を嫌がっている子どもがいると,私は褒めたり注意したりして,勉強に向かわせることがあります。ひらがなは将来のために必要という思いがあるからです。

 

 その一方で,子どもの様子を丁寧に見ていると,ひらがなの勉強が子どもをしんどくさせているなと思うことがあります。なぜひらがなが子どもに受け入れられないかを考えると,勉強自体が反復練習で面白みに欠けるということもありますが,もっと根本的な問題として,「日本語を味わう」経験が不足しているかもしれないなと思います。「日本語を味わう」というのは,難しいことではなくて,例えば「ドン!ドン!ドーン!」という言葉遊びを楽しんだり,「ありがとう」という言葉でほっこりしたり,「パプリカ」を聞いて踊りだしたくなったりすることです。こうした経験をしないままひらがなを覚えてしまうと,ひらがなが中身のない単なる記号になってしまいます。ひらがなに自分の思いをのせたり,相手の思いを感じ取れるからこそ,ひらがなの意味が出てくるように思います。

 

 

 そこで私は,絵本の読み語りを取り入れることにしました。読み語りは,語り手の言葉,絵本のストーリー,読んでいる合間の語り手と読み手との会話などのように,日本語を味わうきっかけがたくさん散りばめられています。療育場面では,ひらがなの読み書きを嫌がっていた子どもが,読み語りになると,絵本をじっと見つめて話を聞き,「これ何?」「もっと読んで!」と言うようになりました。療育の役割は,ひらがなを学ばせるだけでなく,ひらがなを学ぼうとする意欲の土台となる,「日本語を味わえる感性を育むこと」なのかなと思います。私は絵本の語り手として,「どの本があの子にハマるのかなあ~」と思いながら,子ども1人1人が持つ感性を探っているところです。

 写真は私が最近読み語りをした,お気に入りの本です。大人も完璧ではなくて,子どもと同じようにできないことがあるんだよということを,柔らかく教えてくれる本です。